他人に期待しないほうがいいという言葉を一度は聞いたことがあると思います。

他人に期待しすぎるというのは依存することなので、期待しすぎないほうがいいでしょう。

 

他人の行動は自分でコントロールできないから、期待しすぎないという考えは正しいのかもしれませんね。

 

ですが、「他人に期待しないことは寂しいことなのでは?」と考えることもできます。

他人に期待しないのは自立した考えではありますが、孤立する可能性もありそうですよね。

 

他人にどれぐらい期待することがちょうどいいのでしょうか?

自立と依存の境界線はどこにあるのでしょうか?

自立と孤立はどう違うのでしょうか?

 

僕は「他人に期待しないけど信じる」という考え方を持っています。

 

これはどういう意味かというと、

  • 自分のことを他人が満たしてくれるということを期待せず、自分のことは自分で満たす
  • 自分のために何かをしてくれることを当たり前だと思わない

ということです。

 

ひとことで言うと、精神的に自立するという意味です。

 

他人に期待しないことの本当の意味は、思い通りの結果にならなかったときに「ショックを受けないため」ではないのです。

 

「他人に期待しない」とだけ考えると・・・

なぜ「他人に期待しないけど信じる」という考えを持ったほうがいいでしょうか?

「他人に期待しない」とだけ考えると、あまりいいことが起きません。

 

  • 誰も信じられず孤立する
  • 逆に文句が多くなる
  • こういうことが起こりやすくなります。

 

誰も信じられず孤立する

ワンピースやドラゴンボールを知っている方であればイメージしやすいと思いますが、「他人に期待しない」とだけ考えるとクロコダイルやフリーザみたいになってしまいます。

 

クロコダイルもフリーザも自分の部下を失っても何とも思いません。

「使えないヤツがいなくなったから、また部下を補充しよう」ぐらいの感覚です。

 

自分の野心だけしか考えないと、誰にも心を開けなくなります。

自分の周りに誰かがいても、事実上は孤立していることになります。

 

でも、心がドライで人生は楽しいでしょうか?

人間関係をただのツールとして考える人は幸せになれるでしょうか?

仲間を仲間だと思えないドライな心は人間らしいと言えるでしょうか?

 

「他人に何も期待しない」と考える人は、傷つくことが怖いだけです。

それは人間関係を裏切られることが前提で考えています。

 

逆に文句が多くなる

他人にいっさい期待しないという人はいません。

なので、少しだけなら期待してもいいかもしれないですね。

 

他人に期待しないと考えていても、実は他人に期待しているとも言えます。

本当は他人に期待していないのではなく、人を信じていないけど期待しているのです。

 

「他人に期待しない」と考えていても以外と文句が多い人もいます。

「あいつは使えない」という言葉が出てしまっている人は、人を信じていないのに期待しています。

そういう人ほど人間関係でストレスをためてしまうのです。

  • 不満ばかり言う
  • 文句が多い
  • 愚痴が多い

こういう人こそ、他人に期待しすぎているのに信じていないのです。

 

他人に期待しないけど信じるという生き方をしよう!

「他人に期待しないけど信じる」と考えられると、

  • 他人を許す
  • 他人に与えられる
  • 自立するけど孤立しない

ということが可能になります。

 

では、どうすれば「他人に期待しないけど信じる」という考えが持てるでしょうか?もし傷ついたら、どうすればいいでしょうか?

そういったことをお伝えしたいと思います。

 

 

もし他人に裏切られたら・・・

「もし傷ついたらどうするの?」ということが気になると思います。

 

これに関しては自分でメンタルケアをするということが唯一の解決策です。

心の回復力が高ければ「傷つくことがあっても仕方ない」と出来事を受け入れることができます。

単純な話ですが、普段から裏切られるようなことはしないということも大切です。

裏切られない自分でいるということです。

 

世の中いい人ばかりではないのは事実です。

悪い人もいます。

 

ですが、悪い人だらけでしょうか?

そうではないはずです。

 

 

自分で自分のことを満たす

他人が何かしてくれることはおまけだと考えましょう。

自分自身を満たせれば、他人が何かしてくれなくてもハッピーです。

 

あなたが自分だけで実行できる“やりたいこと”は何でしょうか?

 

やりたいことを100%実行することは難しいと思いますが、80~90%ぐらいできれば自分自身をかなり満たすことができます。

 

自分自身をどれだけ満たせたかが日々の充実度だと言ってもいいでしょう。

 

加点方式で他人を見る

加点方式で他人を見るというのは、ポジティブな部分に注目しましょうという意味です。

これは他人に限らず自分自身にも言えますし、人だけでなく出来事でもそうです。

 

「他人に期待しない」とだけ考える人は「どうせ」と考えています。

 

「どうせ」という言葉が頭の中によぎるのは、ネガティブな部分にばかり注目してしまっている証拠です。

「どうせ」に続く言葉ってポジティブな言葉ではないですよね。

 

自己肯定感が低いと自分自身を減点方式で見てしまいます。

その結果として、ネガティブな部分ばかり見てしまい「どうせ」という言葉を使うようになってしまいます。

 

自己肯定感が低いと他人も肯定的に見るということが難しいです。

だからこそ、まず自分自身を満たす必要があるわけです。

 

自分を加点方式で見ると、自己肯定感が上がります。

他人を加点方式で見ると、実は与えられているということに気づきます。

 

ポジティブなことを見つけることが上手になれば、「与えられているな」と感じることができるのです。

たとえ相手があなたに与えているという意識がなくても、あなたが「与えられている」と感じることができたらハッピーだと思いませんか?

 

他人を加点方式で見ると、「他人に期待しないけど信じる」という考え方が持てるようになります。

 

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まとめ

◆他人に期待しないことの本当の意味は「自分のことを他人が満たしてくれるということを期待せず、自分のことは自分で満たす」という意味

 

◆自分のために何かをしてくれることを当たり前だと思わない

 

◆「他人に期待しない」とだけ考えると、誰も信じられず孤立する

 

◆他人にいっさい期待しないという人はいない

 

◆「他人に期待しない」と考えると逆に文句が多くなる

 

◆心の回復力を高めて、傷ついたら自分でメンタルケアをする

 

◆やりたいことの80~90%できれば充実し、他人が何かしてくれなくてもハッピーでいられる

 

◆他人を加点方式で見ると、「他人に期待しないけど信じる」という考え方が持てる

 

 

これを読んで「キレイ事じゃないですか?」と思う人もいるかもしれません。

ですが、「他人に期待しないけど信じる」という考え方をキレイ事だと考えると、ドライな心のまま生きていくことになります。

 

他人に期待しすぎれば、思い通りにいかないと感じることが多くなります。

「他人に期待しない」とだけ考えると、心はドライになり「どうせ」という言葉が出てきます。

 

そうではなくて「他人に期待しないけど信じる」という生き方をしましょう。